飯野種苗 飯野 亜紀子さん

二足のわらじならぬ、五足くらいのわらじを履きつつも
ひょうひょうとやってのける飯野さん。
屋号から種や苗に関することが主だと想像されますが、
頼まれると断れず(?)携わる活動がたくさんあります。
飯野さんが種をとったり苗を育てたりすることになったきっかけや、
ビオ市で飲食に関わるようになったきっかけを伺いました。

●畑をはじめたきっかけは?

身分証がわりに狩猟免許をとって津久井に畑を借りたら、
獣が出ないから畑ばっかりすることになりました。

2008年ごろかな、当時よく遊んでいた友人に
「これからは狩猟免許ですよ」とそそのかされ、
普通免許も持っていなかったので、
身分証の代わりにできるかもと、ネタとして免許をとりにいきました。
横浜で狩猟免許の試験を受けたとき、
へんなおっさんに「おねーちゃん、猟をやるなら
津久井の猟友会の副会長だから、津久井に来るといいよ」と声をかけられたのです。
その時はそのままスルーしたのですが、
狩猟免許を勧めた友人の先輩に当たる千松信也さんが書いた
「ぼくは猟師になった」という本を読んで、
猟をやるなら、地元の猟友会とつながればよいのだなと、思いました。
津久井の猟友会に問い合わせたところ、
狩猟免許の試験のときに会ったおっさんを紹介してもらい、
翌日にはイノシシの解体に立ち合わせてもらうことに。
その場で、「畑もやる?」といわれて、
畑を貸してもらえることになりました。
正直、畑の方がやりたかったし、借りた畑は獣は全然出ないから、
猟はしないで畑ばっかりやることになったのです。

● 種から苗を作りはじめたのですか?

秋葉原にあった勤務先のベランダで育苗をはじめて
種から苗をつなげられるよう、畑に踏み込み温床も作りました。

津久井で畑を始めて、街から来た自然農やりたい人のお決まりコースな感じで、
「たねの森」の種をいろいろ買って蒔きはじめました。
ちょうど2月に畑を借りられたので、
ナス科なんかの素人が種からやるには難しい種も買って。
横浜の自宅には育苗スペースがないし、ほとんど家にいなかったので、
秋葉原にあった勤務先のベランダで育苗をはじめました。
東京は暖かくて、意外と苗が育ったのです。
翌シーズンは、既に津久井に引っ越していたのですが、
苗を畑に運ぶのが大変だったので、家の庭先で育苗することにしたら、
寒くて全然育たない。
これじゃあナスとかピーマンが食べたくなる季節に、
買わないと食べられないし、
植えても種採れる前に霜が降りちゃう。
でも、種から苗を育てて次につなげないと意味がないということで、
翌シーズンは畑にへっぽこハウスと踏み込み温床を作ったわけです。
ホームセンターの苗よりはかなり遅いけど、
まあ、なんとか5~6月中には植えられる苗ができるようになりました。

● 苗を他の人に分けるようになったきっかけは?

踏み込み温床と育苗ハウスに労力をかけ、
多めに種をまいてあまった苗を友人に分けはじめました。

どれくらいちゃんと育つかわからなくて、多めに種をまくから苗があまり、
相模湖・藤野にできはじめていた友人に苗を分けはじめました。
それにしても踏み込み温床と育苗ハウスを作る労力は、
家庭菜園用の苗を作るには大掛かり過ぎて、
ふつーの人はやらない。
自分は作ってしまったので、
持続可能な暮らしがしたくて田舎に引っ越してきたような友人には、
ホームセンターの苗よりも自家採種の苗の方がよかろうと、
翌年からは人に分ける分も見込んで種をまくようになりました。
最初は、地元の人のように、素人が作ったあまり苗だからただであげる、
という感じだったと思います。
育苗数が増えると、かかる資材も時間もぐぐっと倍増してしまい、
このままではムリだなと、苗を販売するようになりました。

● 土作りにもこだわっていますか?

今では精米所で集めてきた米ぬかや自分の雑穀の調整時に出たものでまかない、
油粕の代わりに稲わらを使って、資材を使わずに発熱させることができました。

最初は、種まき用の土、育苗用の土を買っていたのですが、
次にピートモスとかパーライト、腐葉土、くん炭などを
買ってブレンドするようになったのです。
牧馬に移転してからは、
カブトムシの幼虫がこなしてくれた踏み込み温床跡の腐葉土と
山の土のブレンドで育苗できるようになりました。
踏み込み温床の資材も、当初は米ぬか、油粕を買って入れていたのですが、
今シーズンは初めて、米ぬかは精米所で集めてきたものや、
自分の雑穀の調整時に出たもので賄い、
油粕の代わりに稲わらを使うことにより、
資材を買わずに発熱させることができました。

●畑の近くに移住したのですね?

晴れた日にパソコンに向かうのが耐えられず、
畑にいる時間を増やしたくなって、退社して請負で仕事をすることになりました。

津久井の畑は横浜の自宅から電車とバスを乗り継いで片道2時間半、
毎週土日に通うのがしんどいから津久井に引っ越しました。
畑までは近くなったけど、職場までは2時間半かかるようになったのです。
東日本大震災があったときに、交通機関のマヒで、
片道4時間もかかって食べ物飲み物も不安な東京に通うのはありえない!と
自宅勤務にさせてもらいました
自宅勤務していると、晴れた日にパソコンに向かうのが耐えられず、
まずは週休3日でよいですか?、となり、
さらにはもっと畑にいる時間を増やしたくなり、
退社して請負で仕事をすることになりました。

●畑だけでなく、醤油作りや雑穀栽培もはじめたのですね?

おっかない山道の向こうの葉っぱくさいイメージだった藤野の人とつながりができ、醤油づくりや雑穀栽培をはじめました。

津久井に引っ越してから、通っていた講座の遠足で藤野に行きました。
当時は藤野・相模湖に友人が全くいなかったのですが、
相模湖で醤油を手作りしている人たちがいると聞いて、
ちーむゴエモンの活動に参加させてもらうようになりました。
よろづ屋に入ったのは2011年ごろだったかな?
当初、おっかない山道の向こうの葉っぱくさい町というイメージだった
藤野の人たちともだんだんつながりができてきました。
雑穀栽培をはじめたのもそのころで、
たまたま雑穀栽培に使ってよいという土地の情報があり、
友人たちと数人ではじめました。
丈夫そうなイメージだから、蒔けばできるだろうと思っていたのですが、
初心者によくある、草と見分けがつかない、
間引き・土寄せが十分できない、鳥にやられる、
そして、食べられるようにする工程がわからない、
という散々な結果でした。
懲りずにその後も栽培を続けたのですが、
宮本農園さんと有志のグループで一緒に栽培するようになってから、
だんだんコツもわかり、道具も揃え、
今では自分で食べる分+ビオ市で料理を出す量程度以上の
収穫をできるようになりました。

●種取り、固定種にこだわっているのですか?

F1がいけないということではなく、
種をとりたいから固定種を使っているだけです。

最初に読んだ本が川口由一さんの「自然農・栽培の手引き」で、
たねとりの仕方が書いてあったので、
ふつーに種はとるものだと思ってとり始めました。
採れるのだったら採っておこうと。
たねとりがこんなに大変とは思わなかったのですが。
たねとりするために主に固定種や地方の在来種を扱っています。
この辺りの在来の種がもっとあればうれしいのですが、
あまり聞かないです。
秋山の雛鶴漬け用の長カブとかのらぼう、
津久井在来大豆くらいでしょうか?
地元の人で種を採りつづけている人もほとんど知らないのですが、
今一番近所のおばあちゃんが種とりする人で、
縁の下にずらっと並んだ薬ビンにいろんな種が入っている。
私と同じくらいのノリで、採れるものなのだからとる、
くらいの感じなのです。
種シェアとかちゃんと仕組みを作れたらよいとは思うのですが、
まだ余力がないので、
そんな感じでとりあえず自分のための種を
細々と採りつづけられたらいいな、と思います。

●ビオ市では当初から飲食に関わっていますね?

苗作りをして八百屋もやりながら、
種から手作りした野菜を使ったご飯屋さんは、他にはいないと思います。

ビオ市の立ち上げ前に、地元の安心でおいしい野菜を
地元の人が買いやすいようにしたい、という想いで、
篠原の里で週一回やっている里カフェでの八百屋活動をはじめていました。
それがきっかけだったのか、
つっちーがビオ市立ち上げメンバーとして声をかけてくれたのです。
ほんとはイベントとか関わるのが苦手だったのですが、
地元の安心でおいしい野菜を地元の人が買いやすいようにする
という目的のためには、ファーマーズマーケットが
もっともよい手段だと思えたので、それじゃあ協力しようと。
でも、企画・運営に関わるのも苦手だし、
どう関わればよいか、と思いついたのが、
出店野菜の試食屋でした。
初回は12月で、どの農家さんも人参を持っていたので、
利き人参の屋台をやりました。次は大根だったかな。
最初は、自分は飲食を仕事としているわけではないし、
ビオ市を盛り上げる役であればいいと思って、
あまり本格的に料理を出そうとしていなかったので、そんな感じで。
3回目くらいで飲食出店の人が他にいなくて、
急遽、50人分くらい作れないかと、
前の晩につっちーから電話がきたのです。
真冬だったので野菜もあまり無くて、
なんとか出したのが朝粥と粥の友シリーズでした。
自分で育てた米と、自分で育てた野菜の漬物をいろいろ、
自家製梅干し、出店者の手作り味噌を使ったねぎ味噌、
自家製醤油の搾りかすを使ったふりかけ、
わらびやきゅうりの塩蔵品を塩抜きして。
端境期ながら、塩と油以外全て地元産という
豊かなプレートになり、大好評でした。
でも、ビオキッチンチームができるまで、
1プレート分を一人で用意するのがかなり大変で、
毎度大遅刻して、行くのが憂鬱になったりしました。
初年度は苗屋シーズンには前日に荷台いっぱいの苗を搬入して、
当日は料理を出してとか、よくやっていたな、と思います。
それでも続けられたのは、自分なら、野菜市で食べる朝ごはんは
こういうのがいいな、と思っていたからです。
手の込んだことはせず、食材をストレートに、
手作りの調味料で調理しただけの盛り合わせで、
待ってくれていたお客さんや、
野菜を提供してくれた農家さんに美味しいと喜んでもらえるのを
励みに続けていました。
それでも、時間と体力の限界を感じていたので、
ビオキッチンチームで分担できるようになって、
各々のメンバーの個性が楽しめるようになり、本当によかったです。

●ビオ市の魅力はなんですか?

ビオ市ができて顔の見える安心な野菜が普通に買えるようになり、
農家同士がつながり、お互いに補い合う関係になりました。

津久井地域では、有機農とか自然栽培とか自然農とか、
いわゆる慣行農業ではないやり方での農をやっている人がおもいのほかたくさんいます。
そういうやり方を受け入れてくれる土壌があるんだな、
というのがだんだんわかってきていたのですが、
ビオ市が始まる前は、そうした自然や人に負荷をかけないやり方の
農家さんの野菜を地元の人が買える場がほとんどありませんでした。
宅配をしてくださる方のキャパシティも限られているし、
自分で取りに行く式のお野菜セット企画があったり、
地元スーパーに卸す人がいても、あまり長続きしなかったり。
単発のイベントで販売されることがあっても、
普段の生活で普通に買う方法がない。
藤野のコミュニティ内でも、農産物の地域内流通について、
どうにかならないか、というのは長年の未解決課題だったわけです。
名の通った人、地元で根強い人気の人、応援したい駆け出しの人、
いろいろな農家さんが一同に会してお野菜を並べる。
そんな夢のような市が最初に開かれたとき、
こんなに長続きするとは思ってなかったのですが。
いろいろな農家さんが自分のペースでやっておられるおかげで、
想像以上に地域に受け入れられ、長続きしていますね。
ビオ市ができたおかげで出会えた農家さんもいます。
農家さんにとっても、野菜が欲しい人にとっても、
魅力的な場であるということだと思います。
さらに魅力的な農家さんと地域住民を呼び込む求心力になるとよいと思います。

●飯野さんの野菜は、ビオ市で買えますか?

種とりや育苗しながらだと、売るほどの野菜はないのですが、
今はビオキッチンで素材として提供するのがちょうどいいです。

種とりや苗屋をしていて、あちこちで畑をやっているので、
野菜をたくさん作っているように思われて、
「飯野ちゃん野菜ないの?」とかいわれますが、
内心、「生産農家じゃないんだよ!」と逆ギレすることがよくあります。
基本的に、ふつー、種とりはするものだ、と勘違いして、
手を広げすぎてしまった素人の家庭菜園ですから。
敢えて品種数は数えませんが、
かなりの数の品種のたねとりをするためには、
ひとつの品種の数は多くは植えられない。
交雑を避けるための配置に苦労して、
毎度植え遅れる品種があります。
人の分の苗も育苗して、かなりの時間が食われてしまいますし。
だいたい、使ってよいことになっている畑の大部分がまだ開墾中だったり、
何度も獣害で整地しなおしたりして、軌道に乗っていません。
そんな効率の悪いことは、
生産農家として野菜を安定供給しようとすると、
なかなかやっていられないでしょうから、
私のような中途半端な立ち位置のものがやるのがよいだろうと思いますが。
自分の作った野菜を他の人にも食べてもらいたいという気持ちはあるし、
日中のほとんどを畑で過ごしているので、
農産物も収入源のひとつにしないとな、とは思っているのですが、
今は出荷できるほどの収量ありません。
ビオキッチンの食材として使ってもらって、
ちょっとずつみなさんに口にしていただけるのはうれしいです。

種取り、苗づくり、八百屋、ご飯やさんをしながら
雑穀を栽培し、醤油づくりに関わり、
雨の日にはパソコンで仕事をし、保育園の調理もこなす飯野さん。
飯野さんの野菜は、見た目は適度にしまっているけど、
食べてみると柔らかく、ぎゅっと味が凝縮しています。
この野菜と一緒で、たくさんの活動をしながらどれも手を抜かず、
適度にゆるゆると心地よいバランスを保っている飯野さん。
屋号を考えなおしているという飯野さんの、
今後の活動が楽しみです。

次回は、飯野さんもメンバーの一員である
ビオキッチンについてご紹介します。

おーぬき農場 大貫 猛之さん

おーぬき農場

ビオ市に出店している大貫さんの売り場では、
いつもお客さんが長時間立ち話をしている光景が見られます。
現在、愛川町三増(みませ)地区で1町歩の畑を管理している大貫さんに野菜や畑の暮らしについて熱く語っていただきました。

●自然栽培の野菜を育てることになったきっかけはなんですか?

馬と共に生きるお百姓生活をしたかった

牧場の業界にいて、北海道で競走馬、山梨では観光牧場で乗馬レッスン馬車のドライバーなど26歳まで馬に関わっていました。
何より馬が大好きなんです。
動物とともに生活したい。
馬と共に生きる馬耕文化、馬文化、お百姓生活を残したい。
馬の世界で生きてきたので、馬小屋をやりながら
自分らしく農家として生活する中に遊びに来てもらえるような空間を作りたいと思ったのがきっかけです。
それならば、昔のお百姓になりたい。
神奈川の農業学校で一年間学んで、農家になりました。
昔は肥料を与えずに作物を育てていたから、自然農の肥料を使わない農法を手がけたのです。
自分が美味しい野菜を食べたいということもあり、料理も好きなので、
家族が毎日安心できる野菜が食べられるようにと育てています。

●畑ではどんな風に野菜を育てていますか?

種以外のものを畑に入れず、自家採種しています

自然農法で野菜を育てています。肥料農薬を使わず自家採種できるものは出来る限り種取りをしています。
また、種以外のものは基本的に畑に入れません。
畑の草とか畑にあるもので完結しています。
自然農法、自然栽培には色々定義があるのですが自分の畑では、雑草を敵とせず刈敷したり抜いて敷きつめたり一部は虫の住処にするために残したり、うまく調節管理して草と共存させています。
野菜の通路、ベッドに敷き草をしきつめておくと、そこに集まった畑の中の色々な菌類や虫たちが勝手に有機物をこなしてくれるのです。
草を畑の一角に積んでおくとそこが虫や菌類、小動物の住処になり草の間や下の方に肥沃な土が堆積していきます。その出来た土を苗作りに使います。
野菜の苗の初期生育スタートダッシュに最適な土なんです。
その土は言うなれば腐葉土。
カブトムシのにおい。
草をうまく利用して共存するのがこだわりです。
F1はやらない。農薬、肥料、土壌消毒しない。
美味しい、いいものだけを選びます。
例えばじゃがいもなら、昔からの在来の品種、男爵やメークイン。
きたあかりは男爵の選抜種で優等生だけど、のっぺりした味です。
男爵の方が味が濃くて美味しいからです。

●大貫さんの野菜は野菜らしい味がしますね?

僕はただ種をまいて管理をして待っているだけです

人参は人参らしいいい香りがしますし、苦味のある野菜もいい苦さで野菜本来の味がします。
パセリはパセリくさいのではなく、パセリのいい香りがする。野菜本来の敬遠される部分も風味として味わってもらえるのが特徴だと思います。
全般にえぐみがなく、里芋も下ゆでがいらないし、ほうれん草もサラダホウレンソウではないけれどシュウ酸が少なくて美味しいですよ。自然農法の野菜は日持ちがよく、火の通りがいい。煮込んでも煮崩れなくて、人参なら人参の形がそのまま残ります。
ズッキーニをカレーに入れてクタクタにしても形が残って、しかもカレーの風味に負けないズッキーニの濃い味がします。
僕は種をまいて管理するだけで何もしません。
ただ、待っているだけです。
勝手に種が栄養を吸って野菜ができるように導くだけ。
そういう意味での自然農をしています。
自然の中に種をまいて、自然の力を最大限に生かす自然農法。
いろいろな自然農法があるけれど、自然に助けてもらって待つ、という自然農法です。

●ビオ市の魅力はなんですか?

いろいろな人とめぐり合えるきっかけとなる場所です

最初売り先の開拓をや営業活動を普通のスーパーにして、苦労しました。
慣行野菜よりも価格が高めなので、卸をするのが難しいのです。
ビオ市は直接こだわりを聞いてもらえるので、
こういう感じの野菜が好きとか直接反応がもらえます。
ビオ市にはこだわりを持っているお客さんがきてくれるから、
自分の野菜の良さをわかってもらえるのが嬉しいですね。
買い物にくる人が、自分の野菜を確かめてくれるし、お客さんと距離が近い。
いろんな出店者もいて、人と人とのつながりがあり、いろいろな人とめぐり合えるのが魅力です。
きっかけとなる場所、ですね。
毎回野菜を売っていて楽しいです。
直に美味しいと言ってもらって、毎回来てくれるお客さんが良かったと言ってくれるのがやりがいとなります。

●これからの夢はなんですか?

馬と共に暮らし、馬耕を実践したい

早く馬小屋を建てて、馬と共に生活したいです。
半身は人馬一体。
最近は農業に追われていますが、寝ても覚めても馬。馬の夢ばかり見ています。馬の仕事をやめた時は、ぽっかりと心に穴が空いたようでした。
朝起きて歯磨きをしてご飯を食べるのと一緒で、畑の様子を見て、馬の世話をするのが当たり前の生活をしていました。
野菜を育てるのも仕事とは思っていなくて、
生きることそのもの、人生そのもの。
自分自身が生きている証が農業です。
野菜を売るのが仕事で、畑の世話は暮らしの一部です。
馬小屋を建てて、畑を耕して、昔ながらの馬耕を実践できたらと思っています。

取材時にも次々とお客さんから声がかかっていました。

「キクイモ は英語でエルサレムアーティチョークって言うんですよ。
フランス語ではトピナンブール。大戦中にジャガイモの代わりに使われていたもので、リゾットの上に素揚げをのせたりして使われてます。フランスのキクイモは長細くて赤ぽい縞模様で癖の少ない感じ、日本のキクイモの方が風味が強くきんぴらや唐揚げなどにすると美味しいです。」

次々に質問されては真摯に野菜のことを話す大貫さんは、

現在お嫁さん募集中!

こちらもよろしくお願いします♪

やまはた農園 冨澤 太郎さん

太郎さんの野菜は、美しい。
まっすぐな食べ物を食べて、すくすくと育ってきたからなのでしょうか。
現在、山梨県上野原市西原(さいはら)という地区で、長老たちから学びながら農に関わる太郎さん。
太郎さんが農と共に生きるという選択をしたきっかけや
今の農的暮らし、これからの夢について伺いました。

●農のある暮らしをしようと思ったきっかけは何ですか?

東日本大震災をきっかけに自然な暮らしを模索

母親が生活クラブに関わっていたこともあり、
小さい頃から自然に触れる暮らしをしていました。
横浜の中区という都会にいながら、
父に連れられて全国を山歩きするなど、
自然が好きな気持ちがもともとあったのです。
農に関わろうと思ったきっかけは、東日本大震災。
電気や水が止まる地区もあって、
生活インフラが災害で立ち行かなくなることを体感し、
自然の中で暮らしたいと思いました。
食と暮らしを変えたい。
いろいろな農家さんのところに行ったり、
都内でマルシェのボランティアスタッフをしたりしはじめました。

●西原に移住したのはなぜですか?

鍬一本で自給自足する年配者たちから刺激を受ける

6年前くらい前、西原に通っている知人についていきました。
そこで行われていたのは、他の農家にはみられなかった、
ガソリンや燃料を使わない農業でした。
西原では、80歳代、90歳代の方が杖をつきながら
鍬一本で働いています。
その方達と交流するうちに、
今まで全て人力で自給自足をしてきて、
お金を稼ぐためにお蚕を飼ったりしていたという昔話を聞きました。
トラクターで果てしなく広い畑を耕す経済農業ではない
農業というものもあるのだと刺激を受け、
もうこれは通っている場合じゃないと思ったのです。
地元の人にはやめた方がいいと言われたのですが、
嫌なら出て行くからといって、とりあえず移住しました。

●西原ですぐに畑をはじめられたのですか?

鎌と鍬を基本に、五穀を栽培していきたい

地元の人が助けてくれました。
農業の補助金が出るようにしてくれたり、
昔の農業も現代の農業も教えてくれたのです。
最初はあえて鍬一本で耕す農法にこだわりました。
今では暮らしを作るために効率化していますが、
基本は鍬と鎌だと思っています。
畑を五反借りて、
野菜、雑穀、麦、大豆などを栽培しています。
五穀を大切にしたいので、陸稲もやってみたいですし、
大豆も本格的に手掛けたいと思っています。

●どんな農業を目指していますか?

自分で食べるために育てているのが基本だから、農業とは違う

農業をしたくて農家をやっているのではなく、
暮らしの部分がやりたいのです。
自分の手で食べるものを生み出すことが生業になった瞬間、
お金に変えるための農業になってしまうと思います。
自分で食べるために育てるのはもちろんですが、
どれだけの場所で一ついくらで売ればいいのかという
経済的なことも考えなくてはいけません。
それは汗をかいて農に携わることと相反すると違和感を感じながら、
穀類は特に自分が食べるために育てています。
雑穀なども、見渡す限りの畑にして機械化しないと効率化はできませんから、
苦労は多いですですが、今後も広げていきたいと思っています。
一人では限界があるので、今後年会費を募って返礼品を出し、
作業を手伝ってもらうことも考えています。
栽培するだけでは魅力がないので、
持続可能な道を探っていきたいです。

●栽培方法は?

植物性堆肥は身の回りにある、顔の見えるものを100 %使っている

無農薬、無化学肥料です。
有機肥料は、動物性肥料も積極的に使っています。
昔から家畜として動物を飼っていたので自分が育てた鳥や馬の堆肥を使うのが理想です。
植物性肥料は夏に刈った草やススキのカヤなどを敷き藁にしたり、
落ち葉で腐葉土を作ったりと身の回りにあるものを使っています。
コストとの兼ね合いもありますが、
今後は動物性肥料も顔の見える関係のものを使いたいです。

●太郎さんの野菜が美味しいのはなぜでしょう?

誰よりも寒い場所だから、野菜のうまみや甘みが違う

西原の畑は山間地、傾斜地で水はけが良いというのが特色です。
標高が600mあり、朝晩の気温差があるから
野菜の味がのります。
夏も熱帯夜がなく、夜温が20度を切るときもあり、
冬はマイナス10度が何日も続くから、
野菜の甘みが違うのです。
誰よりも寒いところでやっていますから、
甘みはすごいと思います。

●今後はどんな暮らしを目指していますか?

自然にかなった露地栽培と林業を合わせた農林業で暮らす

今は電気、ガス等に頼っていますが、
今後は林業に関わり、まきストーブ、囲炉裏、掘り炬燵などを活用し、
電気に頼らない生活をしたいと思っています。
自然にかなった露地野菜を栽培していると、
1月~4月末までどう暮らすのか?という壁にぶち当たります。
11月~1月に木を切って、2月~4月に加工する
モデルを作りたいと思っています。
最近、旧暦は農業に合っているとつくづく思うのです。
旧正月に端境期が来るので、
来年の新暦の正月は休むのをやめようと思っています。
どんな農作物を作っているかというのを知っていただくには
まずは、野菜を食べてもらいたいですし、
機会があれば是非西原にも来ていただきたいです。

今の農業と昔の農的暮らしの間で揺れながら
まっすぐな眼差しで未来への展望を語る太郎さん。
持続可能な農を模索する太郎さんのお話を伺い、
日本の農業の未来は暗くないな、と感じました。
今後はワークショップ的なものもどんどん開催していくようなので、
これからの形がまた楽しみです。

次回は、おーぬき農場の大貫さんにお話を伺います。

飯野種苗 / Iino Farms

自家採種のための固定種野菜の少量多品種栽培、雑穀栽培を中心にやっております。
野菜は基本的に不耕起栽培です。

昨年までは地域の方向けに夏野菜の苗販売などもやっておりましたが、
牧馬に育苗場ができ、自家採種の夏野菜苗中心に販売しています。

最近は友人向けに近所の農家さんからお野菜をお届けする小規模八百屋活動も始めました。
毎週金曜日、篠原の里の里カフェに地元お野菜を運んでおります。
里カフェへの出荷をしてみたい方、ご連絡くださいませ。

Iino farms is ran by Iino-san, who propagates vegetables from seed organically and practices non-tilled cropping.
She keeps a ton of seedlings and mainly sells summer crop.
She has also started delivering vegetables in the local area upon demand, and sells her vegetables at Sato-Cafe (in Shinobara, at Shinobara-no-sato facility) on Fridays.

https://www.facebook.com/iinoshubyo/

アビオファーム / abiofarm

abiofarm

発起人は東京都渋谷区の飲食店「Dinning Bar Breath」の経営者です。
きっかけは東日本大震災による原発事故でした。
発起人は実家である福島県福島市のリンゴ農家の自主避難を考え、全国のいくつかの休耕地を視察し、この地にたどり着きました。

原発の被害に苦しむ農家、後継者のいない農地の問題と向き合い、長く不耕作であったこの土地を自然農園として再生させることを決意しました。
農園の広さは約1.5ha(15000m2)、オーガニックの露地野菜やハーブを作り、葡萄や桃、梅などの苗木を植えていきます。ここではさまざまな農業体験、バーベキューやキャンプ、川遊びなども楽しめるようになります。

ちなみに「アビオファーム」という名称には、この地域が鮑子平(あびこだいら)とよばれていたことや、ビオファーム(オーガニック農園)の意味がこめられてます。

http://abiofarm.jimdo.com

PERMACULTURE CENTER JAPAN

パーマカルチャー

パーマカルチャーセンター(藤野・篠原集落)では畑づくりをしながら鶏も飼っています。 飼い方とエサにこだわった、元気な鶏の有精卵を販売しています。 季節の野菜や加工品、お米なども販売します。


パーマカルチャーとは、パーマネント(永続性)と農業(アグリカルチャー)、そして文化(カルチャー)を組み合わせた言葉で、永続可能な農業をもとに永続可能な文化、即ち、人と自然が共に豊かになるような関係を築いていくためのデザイン手法です。
私たちの命を支えている自然の恵みである食べ物やエネルギー、水などがどこからきてどこへ行くのか、そして自分の毎日の生活がそれらにどのように関わっているのかを知り、汚染や破壊を引き起こすのではなく、より豊かな生命を育むことが出来るようにそれらと関わっていくこと。
そして争うのではなく喜びを分かち合うことを前提とした人間社会を築いていくこと。これらを実現していくために自らの生活や地域、社会そして地球を具体的にデザインしていきます。
http://pccj.jp/

パーマカルチャーセンタージャパンの「講座」をみる

すどう農園

すどう農園
すどう農園

神奈川の水源・相模湖一帯の広大・多様な里山で、野菜、山菜、果樹、ハーブ、染料植物を育てています。

土づくりは落ち葉と米ぬかが主体で、農薬・化学肥料・除草剤は一切使いません。

加工場では無添加のドレッシング・ソース・ジャムやハーブ製品(生活雑貨)などを作っています。

年間を通じて「さとやま農学校(自給のための農法を学ぶコース)」「さとやまメディカルハーブプロジェクト(ハーバリスト鷺島広子さんと)」「さとやま料理会(加納由佳さんと・主に都内)」「石窯ピザ体験イベント(藤野・篠原の里にて」などを開講しています。

草木染は川崎のアパレルiici.incさんとのコラボで、里山の恵みを折々に染めた製品を作っています。

その他にも宮古島「ゆがふ村」と提携した自然栽培のハーブ加工や島の農業体験の紹介など。

こんな具合に、里山ならではの多様で自由な農の世界を日々営んでいます。

http://sudofarm.net/

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